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元町工場勤務の記者が見る”下町ボブスレー”。プロジェクト最大の失策とは?

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日本人的
「技術提供の良策」
は、世界では必ずしも成功とは言えないわけだ




 総メダル数過去最多の13個に日本中が沸いた、平昌冬季オリンピック。その一方、下町ボブスレーにおける一連の騒動によって、日本の技術力をある意味で強く印象付けてしまった大会にもなった。

 今回の「下町ボブスレー騒動」でよく耳にしたのが、「日本の技術力の衰退」なる言葉だ。

 日本のモノづくりの危機に関しては、筆者も今まで何度となく言及してきたが、この件においては、ただの「技術力の衰退」とは、少しワケが違う気がする。

 今回は、元町工場経営者の視点から、日本の下町工場の性質を紹介しつつ、一連の騒動の問題点や、日本の中小零細工場に残った課題を綴ってみたい。

 下町ボブスレープロジェクト推進委員会(以下、「下町BP」)は2011年、大田区の町工場がもつ技術力を集結させ、日本初の国産ボブスレー用そりを開発するべく立ち上がった組織だ。

 協力企業の多くは、金属の切削や研磨、形成、メッキ加工を生業とする中小零細工場。各々の技術は、世界的に見ても確かに高く、日本の新幹線やアメリNASAのロケットなどに使用される部品を加工する工場も少なくない。

 筆者がかつて勤めていた工場も一時期、蒲田の某工場から仕事を受けていたことがあるが、彼らの注文の細かさには、当時最も腕の良かった熟練職人をもってしても一発でOKが出ず、毎度泣かされていたのを覚えている。

 そのため、ソチオリンピックに続く今回の下町製ソリ不採用のニュースを聞いた時は、筆者も正直驚いた。

 しかし、オリンピック直前になってもレギュレーション違反を指摘されたり、ジャマイカチームのコーチ辞任問題で、下町製から鞍替えしたソリが使用できなくなった際、下町製のソリが現地で準備万端の状態で待機していたにも関わらず、使用されなかったりしたことからも、同製のソリが乗り手にとって大会直前までパーフェクトな状態になかったことは間違いない。

 下町製のソリ製造には、合計150以上もの企業や団体が参加。各企業、日本のモノづくりを下支えする高度な技術に加え、有能な職人をも抱えている。今回の件に携わった職人の数は、少なく見積もっても300~400人規模になるだろう。

 しかし、ボブスレーのソリ製造においては、彼らも経験10年に満たない、いわば“見習いプロジェクトチーム”。各々本業だってある。そのひとつひとつの工程に、既存の海外ボブスレー開発チームよりも試行錯誤する時間や労力がいるのは想像に難くない。ここまで協力団体が増えたのも、こうした浅い経験やノウハウをカバーする必要があったためだと考えられる。

 そんな下町BPに対し、今回の件で広く世間に知れ渡ることになったBTC社は、ラトビアという小さな国にある若干6名の極小工場だ。

「たった6人」と思われがちだが、ボブスレー元日本代表選手の話によると、同社は世界で活躍した元ボブスレー選手によって立ち上げられた工房で、第一線で活動する選手も開発段階から係わっており、製造機の評価は大変高い。

 実際、今大会の韓国ボブスレーチームも、BTC製のソリを使用するか、自国の最大手自動車メーカー「現代自動車」製のソリにするかギリギリまで迷った挙句、前者を選んでいる。

 BTC社の正式名称が「Bobsleja Tehniskais Centrs(ボブスレー・テクニカル・センター)」であるところでも、この会社が“ただの工場”でないことは容易に想像できるだろう。

ブランディングの観点からすると、ソリを無償で提供すべきではなかった

 本来、日本の町工場は、横よりも縦の社会的繋がりが強い。そして、そこで働く職人は文字通り、「職人気質」だ。慣れない作業の中、堅物な職人同士が「横並びの会社の垣根」をいくつも越えて意見を合わせようとすれば、どうしてもモチベーションや考え方、技術力に、ズレやムラが生じてしまう。

 こうした違いを少しでも出さぬよう、全職人共通の指標は、自然と「シンプルで完璧な製品」となるのだが、モノづくりの世界では、「シンプルで完璧=いい製品」とは必ずしもならず、本当にいい製品かはその「造り手のクセ」が「使い手の好み」にマッチするかで決まる。

 そのため、こうした一品ものを製造する際には、作り手が製造の初期段階から使い手に寄り添って、「味」や「クセ」を工程に練り込む必要があるのだ。

 そんな中、今回、職人集団の下町BPと、外国人競技者であるジャマイカチームとの間では、果たしてこうした意見や感覚の擦り合わせが徹底的にできていたかといえば、疑問が残るところだ。

 というのも、レギュレーション違反直後に下町BPが発言した「すぐに修正できる細かい違反だけ。一時は合格も出た。五輪には間に合う」という言葉からは、ジャマイカチームの「いい記録を出したい」という目的とは違う、「オリンピックで採用してもらいたい」といった、「ワンランク下」の目的をひしひしと感じてしまうのだ。

 ボブスレーのソリ製造において、BTC社が極小工場でありながらも、BMWフェラーリなどの大手自動車メーカーと肩を並べられる理由は、ボブスレー経験者が製造開発から関わることで、こうした選手の要求や感覚を肌で理解・共感し、調整の依頼にも即座に対応できるところにあるといえる。

 味のしない「150社の“プロジェクト”」と、味を自在に変えられる「6人の熟練ボブスレー工場」の差は、やはり大きい。

 元技術屋という立場からすると、今回の件で最も残念だったのは、実は、下町製のソリがオリンピックで使われなかったことではない。そのソリが「無償」で提供されたことにある。

 国内で自社製品をPRする際、「無償提供」をよしとする傾向にあるが、どんな事情があるにせよ、世界に日本の技術をアピールするのならば、無償をよしとする感覚は、もたないほうがいい。

 こうした下手の姿勢は、海外では相手に交渉権を握られる原因になることがある。簡単に言えば「舐められる」のだ。

 ましてや今回のような世界的大舞台で、結果的に国を挙げてPRすることになった日本の最高技術を「無償提供」することは、技術ブランディングの観点からすると、真逆の行為以外の何ものでもない。

 しかも下町製のソリは、前回大会のソチオリンピックでも同じような理由で不採用となっており、今回もジャマイカチームの使用前に自国の代表チームに採用を断られている。

 ジャマイカチームからすれば「自国チームに採用されなかった無償のソリ」だ。契約違反であるとはいえ、「ダメなら使わなければいい」という気持ちは、有償よりも生まれやすくなる。

 技術ブランディング力の弱さは、今回の下町BPに限ったことではない。日本の製造業界は、総じてこの技術ブランディング力に乏しい。

 中でも日本の中小零細企業は、未だその多くが大手企業からの受注に生計を頼っており、自社技術を自ら発信する術を持たないのが現状だ。同じモノづくり大国であるドイツの『ミッテルシュタンド(中小企業)』の存在価値に比べると、日本の「下町ブランド」は、現状、世界レベルに達してないといえる。

 そんな中、刻一刻と近づく2年後の東京オリンピックが、こうした中小零細企業にとって、またとない技術ブランディングの機会となることは言うまでもない。が、その一方で技術力が衰退する日本製造業全体にとっては、大きな山場でもある。

 2020年が「元年」になるか「幕切れ」になるかは、今後の中小零細企業の技術発信力にかかっているといっていい。日本が今後、モノづくりの国として生き残るためにも、今回の失敗から学ばねばならないことは多いはずだ。

橋本愛喜】

フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。その傍ら日本語教育セミナーを通じて、60か国3,500人以上の外国人駐在員や留学生と交流を持つ。ニューヨーク在住。

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